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元光GENJIの佐藤寛之さんが、2026年10月16日(金)放送のTBSラジオ「純烈・酒井一圭 BRAND-NEW MORNING」にゲスト出演し、グループを脱退した理由を話したと日刊スポーツとスポニチが伝えています。
このニュースで「そもそも誰がいつ抜けたんだっけ?」「SUPER 5っていつから?」と気になった方も多いはずです。そこで、デビューから解散までの出来事を、報道で確かめられた年月だけで順番に並べてみました。
本日もありがとうございました!
— 大島由香里/純烈・酒井一圭 BRAND-NEW MORNING (@brand_new_tbs) 2026年10月15日
今日のゲストは
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光GENJIの脱退の順番は?最初は1994年8月の2人
先に答えから書きます。光GENJIで最初にグループを離れたのは、大沢樹生さんと佐藤寛之さんの2人です。時期は1994年8月。SmartFLASHの記事では、1994年8月の大阪城ホール公演を最後に2人が脱退したと書かれています。 ここで面白いのが、ラジオでの佐藤寛之さんの話です。スポニチによると、佐藤さんは「僕と大沢樹生さん、2人が最初に脱退した」と話したうえで、大沢さんだけは辞めることが先に決まっていて、佐藤さん自身は決めていなかったと振り返っています。 つまり、表に出た日付で見れば「2人同時」ですが、辞めると決まった順番でいえば大沢樹生さんが先。そのあとで佐藤寛之さんが「自分も辞める」と決めた流れです。「誰が先?」と検索した人への答えは、この2段がまえになります。
脱退の順番まとめ
1. 大沢樹生さんの脱退が先に決まる(佐藤寛之さんのラジオでの話)
2. 佐藤寛之さんも辞めると決める
3. 1994年8月、2人そろってグループを離れる
4. 残る5人は「光GENJI SUPER 5」として活動を続ける
5. 1995年9月3日、名古屋のコンサートで解散
2人のあとに「3人目の脱退」はありません。残った5人はそのままSUPER 5として1年ほど活動し、グループ全体の終わりを迎えています。
1. 大沢樹生さんの脱退が先に決まる(佐藤寛之さんのラジオでの話)
2. 佐藤寛之さんも辞めると決める
3. 1994年8月、2人そろってグループを離れる
4. 残る5人は「光GENJI SUPER 5」として活動を続ける
5. 1995年9月3日、名古屋のコンサートで解散
光GENJIのメンバー7人と「光」「GENJI」のパート
光GENJIは、もともと2つのグループが合体してできています。音楽ナタリーによると、結成は1987年6月25日。メンバーは次の7人です。| パート | メンバー | 1994年8月以降 |
|---|---|---|
| 光 | 内海光司さん | SUPER 5として活動 |
| 光 | 大沢樹生さん | 1994年8月に脱退 |
| GENJI | 諸星和己さん | SUPER 5として活動 |
| GENJI | 佐藤寛之さん | 1994年8月に脱退 |
| GENJI | 山本淳一さん | SUPER 5として活動 |
| GENJI | 赤坂晃さん | SUPER 5として活動 |
| GENJI | 佐藤敦啓さん(現・佐藤アツヒロさん) | SUPER 5として活動 |
光GENJIのデビューから解散まで年表で並べてみた
年月は、日刊スポーツ・スポニチ・中日スポーツ・音楽ナタリー・ポニーキャニオン公式の記録を突き合わせて書いています。| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1987年6月25日 | 「光」と「GENJI」が合体して光GENJI結成 |
| 1987年8月19日 | シングル「STAR LIGHT」でデビュー(チャゲ&飛鳥の楽曲提供) |
| 1988年 | 「パラダイス銀河」でレコード大賞。「パラダイス銀河」「ガラスの十代」「Diamondハリケーン」がオリコン年間シングル1〜3位を独占 |
| 1994年8月 | 大阪城ホール公演を最後に大沢樹生さん・佐藤寛之さんが脱退 |
| 1994年 | 残る5人で「光GENJI SUPER 5」に |
| 1995年9月3日(日) | 名古屋レインボーホール(現・日本ガイシホール)のコンサートで解散 |
| 2023年5月 | 佐藤寛之さんと山本淳一さんがユニット「ふたつの風」を結成 |
| 2026年8月19日(水) | デビュー39周年の日にサブスク・ダウンロード配信が解禁 |
| 2026年10月16日(金) | 佐藤寛之さんがTBSラジオで脱退の理由を話す |
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佐藤寛之さんが話した光GENJI脱退の理由
ここからは、2026年10月16日(金)のラジオで佐藤寛之さんが話した内容を、日刊スポーツとスポニチの記事から確かめた言葉だけでまとめます。 まず大沢樹生さんについて。佐藤さんは、当時は30代でアイドルを続ける人がほとんどいなかったことに触れ、大沢さんはそういうことを考えたのだろうと推測しています。そのうえで「俳優の道に行きたい」ということで、大沢さんだけは辞めることが決まっていたと話しました。これはあくまで佐藤さんから見た話で、大沢さん本人の言葉ではない点は分けて読む必要があります。 次に佐藤さん自身。グループは当初、1人抜けて6人で存続する予定だったそうです。ところが佐藤さんは「7人が6人になって光GENJIやるの?」と感じ、ちょうどグループの楽しさを覚えた時期だったので、6人になるのは考えられなかったと振り返っています。 そして決め手として語ったのが、「俺は嫌だなと思って」「つまんないから辞める」という言葉です。人気についても「どうなの?」という空気があったと話しています。次の仕事は決めずに辞めたため、辞めてからが大変だったとも明かしました。
佐藤寛之さんの話を短くまとめると
・大沢樹生さんの脱退は先に決まっていた
・グループは6人で続ける予定だった
・7人でなくなるのが嫌で、自分も辞めると決めた
・次の仕事は決めないまま辞めた
この話でいちばん大きいのは、「2人同時の脱退」は最初から2人で決めたものではなかったという点です。もし佐藤さんが残っていたら、光GENJIは「6人の光GENJI」として続いていた可能性があったことになります。
・大沢樹生さんの脱退は先に決まっていた
・グループは6人で続ける予定だった
・7人でなくなるのが嫌で、自分も辞めると決めた
・次の仕事は決めないまま辞めた
光GENJI SUPER 5の1年と1995年9月3日の解散
2人が抜けたあと、残った内海光司さん・諸星和己さん・山本淳一さん・赤坂晃さん・佐藤敦啓さんの5人は、グループ名を「光GENJI SUPER 5」に変えて活動を続けました。SmartFLASHの記事では、解散までの期間を「約1年間」と書いています。 SUPER 5になった正確な日付は、今回確かめた報道の中では「1994年」までしか見つかりませんでした。日付単位では公表されている記録を確認できていません。 解散は1995年9月3日(日)。中日スポーツによると、場所は名古屋レインボーホール(現・日本ガイシホール)で、「卒業」コンサートとして行われています。グループ最後のアルバムは『See You Again』で、ポニーキャニオンの公式ニュースでは、オリジナル盤・コンサートだけで歌ったソロ曲・メンバーが選んだベストの3枚組と紹介されています。
解散の時期は、日刊スポーツの過去記事の中にも「95年5月に解散」と書かれたものがあります。一方で、日刊スポーツの年表記事・中日スポーツ・SmartFLASHはいずれも「1995年9月3日の名古屋のコンサートで解散」としています。この記事では、会場名まで書かれている1995年9月3日を採りました。
調べていて感じるのは、2人が抜けた時点で終わらせず、名前を少し変えてでも5人で1年続けたという選び方の重さです。7人が6人になるのが嫌で辞めた人がいる一方で、残った5人はグループ名に「光GENJI」を残したまま最後のステージまで走っています。同じ出来事でも、立っていた場所によって見え方がまるで違うのだと感じます。
2026年9月にも、7人組から2人が抜けたグループの話題が出たとき、SNSでは「光GENJIは2人脱退しても活動できたのに」という声が出たとSmartFLASHが伝えていました。31年前の「5人で1年」は、いまも比べられる物差しとして残っていることになります。
光GENJIの現在とデビュー40周年までの配信
最後に、検索で多い「光GENJI 現在」にもグループの動きだけで触れておきます。 佐藤寛之さんは脱退後にソロで活動し、2023年5月に山本淳一さんとユニット「ふたつの風」を結成しています(スポニチ)。同じラジオで佐藤さんは、現役のころは忙しすぎて話さなくなっていたものの、「今の方が逆に人間らしいお付き合い」ができていると話しました。脱退した側と残った側が、30年以上たってユニットを組んでいるのは、年表で並べると改めて大きな変化です。 音楽の面では、2026年8月19日(水)にサブスクとダウンロード配信が解禁されました。ポニーキャニオンの公式ニュースによると、第1弾はラストアルバム『See You Again』で、そこからシングル・アルバム・ベスト・ユニット・ソロ作品まで、デビュー40周年の2027年8月19日(木)まで1年かけて、当時の発売日に合わせて順番に配信していく予定です。光GENJI、サブスク&ダウンロード配信解禁
— オリコンニュース (@oricon) 2026年8月7日
40周年迎える来年8/19まで1年間順次配信https://t.co/jTWxL35jNb
1987年8月19日にシングル「STAR LIGHT」でデビュー。「ガラスの十代」「パラダイス銀河」など数々のヒット曲で一大ブームを巻き起こし、1995年に解散した。 pic.twitter.com/zy8HWOBUg4
光GENJIは、テレビ東京「最強ヒット曲100連発」の第8弾でもお宝映像が予告されていました。
最強ヒット曲100連発の第8弾は何時から?9月24日テレ東の出演者を調べてみた
配信が当時の発売日順に並ぶということは、2027年8月にかけて、1994年8月の脱退や1995年のSUPER 5の作品も、出た順番どおりに聴けるようになるということです。今回の年表と見比べながら追うと、7人の時期から5人の時期への移り変わりが音でもたどれそうです。
最強ヒット曲100連発の第8弾は何時から?9月24日テレ東の出演者を調べてみた
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