2026年8月2日、松岡昌宏さんがラジオで「20億の借金」について語り、その内容が話題になっています。金額が金額なだけに、見出しだけを見るとドキッとしますよね。
この記事では、その20億がどこから出てきた数字なのか、相手が誰なのか、そしていつの出来事だったのかを整理しました。読み終わるころには、たぶん少し笑ってしまうと思います。ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
松岡昌宏の20億の借金はどこから出てきた話なのでしょうか
きっかけは、松岡さんがパーソナリティを務めるNACK5のラジオ番組「松岡昌宏の彩り埼先端」に届いた、一通のメッセージでした。
少年隊のカッちゃん(植草克秀)が「松岡はバドミントンで俺に20億の借金がある」と言っていました
リスナーからのこの投稿に、松岡さんが答える形で真相が明かされました。借りた相手は、少年隊の植草克秀さんです。そしてキーワードは「バドミントン」でした。
この時点で、なんとなく想像がついた方もいるかもしれませんね。

20億の正体は楽屋での遊びでした
結論からお伝えすると、この20億は実際の借金ではありません。舞台の合間に2人でやっていた遊びの中で積み上がった、架空の数字でした。
1点1億というルール
当時、昼公演と夜公演のあいだには空き時間があります。その時間に2人はバドミントンをしたり、ビニールの浮き輪の素材でできたバットとボールで野球をしたりしていたそうです。
そこで植草さんが言い出したのが「1点1億な」というルールでした。
| やりとり | 積み上がる額 |
|---|---|
| 1点取られる | ハイ、1億 |
| 18対20で負ける | 今日2億だ |
| これを繰り返す | 最終的に20億 |
つまり点差がそのまま借金になっていく遊びです。負けた分だけ額が増えていくので、続ければ続けるほど数字が膨らみます。20億という金額の正体は、これでした。
子どもの頃、友達との遊びで「これ100万円な」みたいな数え方をしたことがある方も多いんじゃないでしょうか。桁が2つ3つ違うだけで、やっていることは同じですね。
舞台はPLAYZONE、松岡さんは15歳でした
この遊びが生まれたのは、少年隊の舞台「PLAYZONE」の現場です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 当時の松岡昌宏さん | 15歳 |
| 当時の植草克秀さん | 25歳 |
| 場所 | PLAYZONEの公演現場 |
| 時間 | 昼公演と夜公演のあいだの空き時間 |
15歳と25歳、ちょうど10歳差です。デビュー前の少年が、すでにトップにいた先輩と、劇場の裏で毎日のように遊んでいた。そういう時間だったわけですね。
PLAYZONEはどんな舞台だったのか
PLAYZONEは、1986年から2008年まで続いた少年隊の舞台シリーズです。夏の恒例公演として長く親しまれ、多くの後輩たちがこの現場を通っていきました。
松岡さんも、1991年の「PLAYZONE’91 SHOCK」に出演しています。青山劇場と大阪のフェスティバルホールで上演された公演でした。TOKIOとしてデビューする前の時期にあたります。
私は、地道な積み重ねの話に弱いところがあります。表に出ない場所での時間が、何十年も経ってから笑い話として出てくるのって、いいものですね。

35年経っても続いているやりとり
この話のいちばん好きなところは、ここです。
2人は今でも顔を合わせるたびに、この20億の話をしているそうです。会えば「松岡、借金」と言われる。それが35年近く続いているということになります。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1991年ごろ | PLAYZONEの合間にバドミントン。1点1億のルールが生まれる |
| その後 | 松岡さんはTOKIOとしてデビュー |
| 2026年現在 | 会うたびに「松岡、借金」とネタにされている |
10歳上の先輩と15歳だった後輩が、同じ冗談を数十年ぶんの厚みごと持ち続けている。数字は嘘でも、関係の長さは本物ですよね。
植草克秀と少年隊についても押さえておきますね
ここまで読んで「植草克秀さんってどんな人だっけ」と思った方もいるかもしれません。簡単に整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| グループ | 少年隊 |
| メンバー | 錦織一清さん、植草克秀さん、東山紀之さん |
| デビュー | 1985年12月12日 |
| デビュー曲 | 仮面舞踏会 |
| 代表的な舞台 | PLAYZONE(1986年から2008年まで) |
少年隊は1985年12月に「仮面舞踏会」でデビューした3人組です。歌と踊りに芝居を加えた舞台を軸にしていたグループで、その代表格がPLAYZONEでした。
青山劇場で1986年に始まり、2008年まで毎年続いた長寿シリーズです。当時の後輩たちにとっては、夏になると必ず通る現場だったわけですね。松岡さんが15歳でその場にいたのも、そういう流れの中でのことでした。
なぜこの話が今になって広がったのでしょうか
きっかけは、先ほどのラジオ番組です。リスナーが植草さん側から聞いた話を投稿し、それに松岡さんが答えたことで、内輪の鉄板ネタが外に出てきた形になりました。
見出しになると「巨額の借金」という言葉が先に立ちますが、中身は楽屋の遊びの話です。数字だけが独り歩きしないよう、経緯まで知っておきたいところですね。
なお、この20億について、両者のあいだで実際の金銭のやりとりがあったという話は出ていません。あくまで遊びの中の数え方として語られています。
まとめ:20億はバドミントンの点数でした
松岡昌宏さんの20億の借金について、分かったことを整理します。
- 相手は少年隊の植草克秀さん
- 実際の借金ではなく、バドミントンや野球の遊びで積み上がった架空の数字
- ルールは植草さんが決めた「1点1億」
- 舞台は少年隊のPLAYZONEの現場、昼公演と夜公演のあいだの時間
- 当時、松岡さんは15歳、植草さんは25歳
- 今でも会うたびに「松岡、借金」とネタにされている
- 語られたのはNACK5「松岡昌宏の彩り埼先端」
見出しの金額に驚いた方も、これで安心して笑えるんじゃないでしょうか。35年ぶん熟成された鉄板ネタ、これからも更新されていくんでしょうね!
松岡昌宏さんについて新しい話が出てきたら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



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