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24時間テレビの提供読みはいつから?新人アナが読んでいた8年間を調べてみた

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24時間テレビの提供読みの歴史を調べた記事のアイキャッチ バラエティ
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「24時間テレビは新人アナウンサーの提供読みだけは見る」。そういう人が、けっこういます。 ところが調べてみたら、24時間テレビの提供読みは1991年で終わっていました。 しかも新人アナウンサーが登場していた時期はあるのですが、読んでいたのは提供クレジットではありませんでした。年ごとに整理します。
・24時間テレビの提供読みはいつからやってるの
・新人アナウンサーはいつ読んでたの
・今はどうなってるの
・なんで記憶に残ってるの
テレビ局のスタジオとカメラのイラスト
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提供読みが最後だったのは1991年の第14回です

まず、いちばん驚いたところから書きます。
第14回
1991年
何があったか提供クレジットに現在も続いているアニメーションが付いた年。そして「このコーナーは…」で始まる提供読みが、この回で最後になった
つまり、いま40代の人が子どもの頃には、もう提供読みは無かったことになります。 1991年というのは、番組にとって大きな節目の年でもありました。日本武道館の改修工事などの事情で放送が7月末に繰り上がり、移転したばかりの東京都庁舎がメイン会場になった年です。平均視聴率6.6%と過去最低を記録して、翌年から大きなテコ入れが入ります。
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1992年から1999年まで、新人アナが読んでいたのは「募金の案内」でした

では、新人アナウンサーの記憶は何なのか。ここがこの記事の答えです。
第15回(1992年)から第22回(1999年)まで
その年に入社した新人アナウンサーが
「今年も次の場所で募金を受け付けています」などとコメントして
アイキャッチのVTRに切り替えていた
読んでいたのは提供クレジットではなく、募金会場の案内です。 番組の中には3分間のミニローカル枠が15回ほど設けられていて、そこへ切り替わるときの「つなぎ」を新人アナが担当していた、という形になります。8年間つづいた恒例なので、この時期に見ていた人の記憶に残っているのは当然です。
「提供読み」と「新人アナが出てくる短いコメント」が、記憶の中で1つになっているのだと思います。どちらも番組の区切りに入る、短い、決まった形の読みなので、混ざってもおかしくありません。
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その前年、1990年には表示の形も変わっていました

提供読みが消えるまでには、前段があります。
提供クレジットまわりの動き
第13回1990年提供クレジットを全面表示から画面下部表示に変更
第14回1991年提供クレジットにアニメーションが付く提供読みはこの回が最後
2年つづけて手が入っています。画面いっぱいに出していたものを下に寄せ、翌年には動きを付けて、読み上げをやめた。並べてみると、提供クレジットを「見せるもの」から「流すもの」へ変えていった流れが見えます。 ちなみに1990年は、テレビ金沢の開局によって石川県での放送が始まり、全都道府県でのネット体制が確立した年でもあります。番組が全国に行き渡ったタイミングで、見せ方の整理に入ったことになります。
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1992年の作り変えを手がけたのは、クイズ番組のチームでした

新人アナが登場する1992年の話に戻ります。 この年の大きなテコ入れを担当したのは、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』や『マジカル頭脳パワー!!』を手がけた「日本テレビクイズプロジェクト」のメンバーでした。
日本テレビの制作スタッフ4人(小杉善信さん・渡辺弘さん・吉川圭三さん・五味一男さん)と、番組制作会社ハウフルスの社長・菅原正豊さん。この5人が総合演出・プロデューサー・ディレクターとして参加し、番組のエンターテインメント化を打ち出しました。改革そのものが「クイズプロジェクトの成果・集大成」とされています。
つまりチャリティー番組の立て直しを、クイズ番組のヒットメーカーがやったわけです。ここは調べていていちばん意外でした。 そして新人アナウンサーが短いコメントを読む形は、この改革の中から生まれています。前年までは各コーナーごとに放送時間をはっきり区切っていたものを、番組全体を流れで見せる形に変えた。その切り替えの「つなぎ」として新人アナが使われた、という順番です。

2019年までは「この放送は〜の提供でお送りします」でした

提供読みが無くなったあと、提供クレジットはこういう形になりました。 提供社名の上下に、「この放送は(ここからは・ここまでは・ひきつづき)」「の提供でお送りします(しました)」という文言が付く。この形が第42回(2019年)まで続いています。 読み上げではなく、画面に文字で出す形です。ここでも人の声は使われていません。

今の新人アナウンサーは、司会として出ています

では現在はどうなっているか。 日本テレビの新人アナウンサーが、先輩アナウンサーと一緒に司会として参加する——これが今の形です。かつては日テレジェニックが出演するのが恒例でしたが、そこが新人アナに変わりました。 系列局も同じで、2025年の第48回では読売テレビの新人アナウンサー3人が出演しています。読むのではなく、番組に出る。役割そのものが変わっているわけです。 今年の放送は、この直後の特番までつながっています。

【追記 2026年9月1日】第49回(2026年)はこうでした

8月29日〜30日の『24時間テレビ49』が終わったので、分かったことを足しておきます。 2026年4月に日本テレビへ入社した新人アナウンサーは、髙橋優菜(たかはし ゆな)アナと村上彩人(むらかみ さいと)アナの2人です。6月2日に『ZIP!』の公式Xが、初めてのテレビ生出演として2人を紹介していました。 その2人が今年立っていたのは、スタジオではなく横浜の日産グローバル本社ギャラリーで開かれた「日産チャリティーイベント」の会場でした。役割はインフォメーション。会場からの案内役です。司会というより、進行と案内でした。 一方で、本編で提供読みが復活したという情報は見つかりませんでした。Xには「今年 日テレに入社された新人アナウンサーの自己紹介&各スポンサー提供読みは一切やらないんだね」と、フジテレビの27時間テレビと比べて残念がる投稿も流れていました。この記事で書いた②の混同が、今年もそのまま起きているということです。 新人アナがスポンサーの会場に立って、募金を案内する。読み上げという形ではなくなっても、新人アナと募金の案内という組み合わせ自体は、名前を変えて残っているのかもしれません。
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なぜ「新人アナの提供読み」の記憶が残っているのか

ここからは考察です。 理由は2つあると思っています。
中身
1992年〜1999年の記憶。新人アナが短いコメントを読んでいた8年間が、そのまま「提供読み」として残っている
フジテレビの27時間テレビとの混同。あちらは新人アナウンサーが提供クレジットを読み上げるのが名物になっていて、担当した人の名前まで記録が残っている
長時間の特番+新人アナ、という組み合わせが同じなので、どちらの番組で見たのかは、正直あとから思い出せないと思います。わたしも調べる前は、24時間テレビにもあるものだと思っていました。 実際、Xでは今もこういう投稿が流れています。 「提供読み上げだけは見る」と書かれるくらい、この企画は愛されているということでもあります。

ここからは個人的な話です

調べていて、いちばん手が止まったのは1991年という年でした。 平均視聴率6.6%で過去最低。責任を取る形でプロデューサーが降板し、音楽監督も同じ年に番組を離れる。そして提供読みも、この回で最後になる。1つの時代が終わった年だったんだな、というのが数字と出来事の並びから伝わってきます。 そのうえで翌1992年から、クイズ番組を手がけていたチームが入って番組を作り変える。新人アナが募金の案内を読み始めるのも、その改革の中の1つです。「新人アナが出てくる」という形自体が、テコ入れの産物だったわけです。そう考えると、今の新人アナが司会として出ているのも、地続きの話に見えてきます。 あと、これは完全に余談なんですが、うちには子どもが3人いて、24時間テレビの時間帯はだいたいバタバタしています。ちゃんと座って見ていられる時間がほとんどないので、記憶に残っているのは断片ばかりです。だからこそ「あれって何だったっけ」を後から調べると、思っていたのと違うことがけっこう出てきます。今回の提供読みもそうでした。記憶って、番組をまたいで混ざるんですね。 今年の担当や、放送で気づいたことがあれば、この記事にも追記します。
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まとめ

・24時間テレビの提供読みは1991年(第14回)で最後
・新人アナウンサーが読んでいたのは1992年〜1999年の8年間で、中身は募金会場の案内
・提供クレジットは文言表示に変わり、2019年(第42回)までその形
・今は新人アナウンサーが司会として参加する形
・「新人アナの提供読み」の記憶は、8年間の記憶27時間テレビとの混同が重なったもの
調べる前と後で、いちばん見方が変わったネタでした。

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