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ゴジラ-0.0の「ヤツはゴジラじゃない」は誰のこと?予告の手がかりを並べてみた

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夜の街並みの上空に稲光が走っているイラスト 映画
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『ゴジラ-0.0』の予告が9月8日の23時に解禁されました。 そして9日の朝、Xのトレンドに上がってきたのが「ヤツはゴジラじゃない」という言葉です。 予告の終盤で流れるこのひとことに、見た人が一斉に反応しています。ゴジラじゃないなら、何なのか。公式が出している言葉を全部並べて、分かっていることと分かっていないことを整理しました。
この記事で分かること
  • 予告が公開された日時と、公式が添えた言葉
  • 公式のあらすじに書かれている「ヤツ」の表現
  • 予告で語られるセリフとして広まっているもの
  • そこから読み取れる手がかり3つ
  • ネットでいちばん多い予想と、その根拠
  • 公開までに確実に分かること

予告は9月8日23時。公式が添えた言葉は「三度目はない」

まず事実の確認からです。 東宝の公式アカウントが予告を解禁したのは9月8日23時。投稿に添えられていた言葉がこちらです。
『ゴジラ-0.0』予告解禁。
三度目はない。
ここで、すべて終わらせる。
11月3日(火・祝)日本公開
「三度目はない」という言い方が引っかかります。『ゴジラ-1.0』があって、今回が『ゴジラ-0.0』。数え方によってはこれが2度目です。そこで「三度目はない」と言うということは、作り手が「これで終わらせる」と宣言していると読むのが自然だと思います。 そして公式サイトのキャッチコピーは「人類の罪と罰。もう、無(ゼロ)には戻れない。」です。

公式のあらすじには「新たな絶望の到達点」と書いてある

いちばん大事な手がかりは、実は公式のあらすじにあります。
戦争によって「無(ゼロ)」になった日本をゴジラが「負(マイナス)」に突き落とした。あれから2年。
もがき苦しみながらも復興を遂げ、ようやく辿り着いたはずの日常に
希望を完璧に打ち砕く、新たな絶望の到達点が襲いかかる。
(東宝公式・作品紹介より)
「新たな絶望の到達点」。 ここで「新たな」と書いてあるのが決定的だと思いました。前作で戦った相手がもう一度来る、という話ではありません。別のものが来ると、公式が最初から書いています。 しかも「到達点」という言葉を使っています。絶望の一番奥にあるもの、という意味合いです。ゴジラより上の存在として置かれている書き方になります。
物語は『ゴジラ-1.0』の2年後です。前作の出来事があった世界で、復興が進んだところに次のものが来る、という設計になっています。

予告で語られている言葉

ここからは、予告を見た人たちが一斉に書き起こしているセリフの話です。映像の中で語られている言葉として、共通して挙がっているのが次の並びです。
  • 「私達はゴジラを葬りきれてはいなかったんだ」
  • 「毒をもって毒を制す」
  • 「人間のやっていい範疇を超えてる」
  • 「鳴神作戦を開始します」
  • 「心配するな…。ヤツはゴジラじゃない」
並べると、話の骨格がかなり見えてきます。 ゴジラは倒しきれていなかった。だから人間側が何か手を打った。その手段は「毒をもって毒を制す」もので、身内から「人間のやっていい範疇を超えてる」と止められるようなもの。そして作戦の名前が「鳴神作戦」。 予告はこちらです。

手がかり①「毒をもって毒を制す」=ゴジラでゴジラを倒す

「毒をもって毒を制す」というのは、悪いものを別の悪いもので抑える、という意味のことわざです。 この作戦の対象がゴジラなら、「毒」にあたるのはゴジラそのものということになります。つまりゴジラの力を使って、ゴジラを倒そうとしたという筋です。 そう読むと、「ヤツはゴジラじゃない」という一文の意味が変わってきます。 見た目はゴジラに見えるかもしれないけれど、あれはゴジラではない。人間が作ったものだ。——そう言っているように聞こえます。「心配するな」と付いているのも、味方だから心配ない、という意味で言っていると考えると通ります。
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手がかり②「人間のやっていい範疇を超えてる」=作ったのは人間側

2つめの手がかりがこれです。 「人間のやっていい範疇を超えてる」という言い方は、自然に現れたものには使いません。誰かが作ったもの、人の手で起こしたことに対して使う言葉です。 前作『ゴジラ-1.0』は、戦後の日本に民間の人たちが集まってゴジラに立ち向かう話でした。持っているもので何とかする、という戦い方です。今回は「やっていい範疇を超えている」ものを持ち出すという段階に進んでいることになります。 ゴジラシリーズには、こういう筋の前例があります。『ゴジラvsビオランテ』のように、ゴジラの細胞から生まれた怪獣が出てくる作品。『ゴジラ対メカゴジラ』のように、ゴジラそっくりの姿をした別のものが出てくる作品。「ゴジラに似ているがゴジラではない」という存在は、シリーズの中で何度も描かれてきた形です。

手がかり③「鳴神作戦」の鳴神は雷のこと

3つめが作戦の名前です。 「鳴神(なるかみ)」は雷の古い言い方です。雷神、雷鳴の神様を指す言葉としても使われます。 作戦名に雷の言葉を選んでいる以上、この作戦で持ち出すものが「雷」に関係していると考えるのが自然です。予告の映像でも、電撃のような光が走る場面があったと多くの人が書いています。 ここは正直、名前の付け方が上手いなと思いました。作戦名だけで、来るものの性質を一言も説明せずに伝えているわけです。予告として完璧な出し方だと思います。
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いちばん多い予想はキングギドラ

では、ネットでは何だと思われているのか。 これは調べるまでもなくキングギドラでした。Googleで「ゴジラ-0.0」と打つと、サジェストの1番目に「ゴジラ-0.0 キングギドラ」が出てきます。予想としてではなく、もう「そう思って検索している人」がそれだけいるということです。 理由として挙げられているのは、だいたいこのあたりです。
挙がっている根拠中身
「鳴神作戦」の名前キングギドラは引力光線という、雷のような攻撃を使う怪獣として描かれてきた
予告の光り方電撃のような光が走る場面がある
空からの描写街や物が持ち上がる、上から叩き落とされるような動きに見える
鳴き声ゴジラとは違う声が入っているという指摘が多い
ただし公式は正体を一切明かしていません。キャストも監督も発表されていますが、相手が何なのかについては、あらすじの「新たな絶望の到達点」という一文以外に情報がありません。 ここから少し個人的な話をさせてください。 ゴジラって、たぶん日本でいちばん説明のいらない名前だと思うんです。見たことがなくても形が浮かぶし、鳴き声も何となく知っている。うちの子たちですら「ゴジラ」は知っています。中身を1本も見たことがないのに、です。 だからこそ「ヤツはゴジラじゃない」というたった一言が刺さるんだと思いました。ゴジラという共通の物差しが全員の中にあるから、「それじゃない」と言われた瞬間に、じゃあ何なんだという穴が空く。予告の作り方として、これ以上ないくらい効率がいいです。 正体が何であれ、たぶん公開まで公式は言わないと思います。「言わないことで持たせる」やり方をしている以上、答え合わせは11月3日ということになりそうです。
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『ゴジラ-1.0』Blu-ray 2枚組
5,462円(税込) / レビュー25件・平均4.76
今回の話は前作の2年後です。予告の「私達はゴジラを葬りきれてはいなかったんだ」が何を指しているのかは、前作を見ていると分かりやすくなります。
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公開までに確実に分かっていること

考察の話が続いたので、確実なことも並べておきます。
  • 公開は2026年11月3日(火・祝)、上映時間135分
  • 監督・脚本・VFX:山崎貴/音楽:佐藤直紀
  • 出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、佐々木蔵之介、國村隼、田中美央、安藤サクラ、長澤まさみ、田中泯、吉岡秀隆
  • 物語は『ゴジラ-1.0』の2年後
  • 日本映画で初めての「Filmed For IMAX」作品。IMAX独自の拡張画角(1.90:1/1.43:1)で上映される
  • ムビチケ前売券は9月11日(金)14時から販売開始

まとめ

「ヤツはゴジラじゃない」が誰のことなのか、公式はまだ答えていません。 ただ、公式が出している文章の中に「新たな絶望の到達点」という一文があります。前作と同じものではなく、別の何かが来る。ここだけは、あらすじにはっきり書かれています。 そして予告で語られる言葉を並べると、ゴジラを倒すために人間側が何かを作り、それが「やっていい範疇」を超えていたという筋が見えてきます。「心配するな」と言われている以上、少なくとも作った側にとっては味方のはずです。 それが本当に味方のままでいてくれるのかどうか。たぶん、そこが今回の話だと思います。 正体が公表されたら、この記事にも追記します。

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